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チュ。
突然だった。
なんの前触れもなく、
あたかもそれが当たり前のように、
ただ何処か懐かしそうに俺を見て、
誰だか知らない彼女は突然現れて突然姿を消した。
だけど俺の口に残る味だけは彼女とは正反対に今でもはっきりと残っていた。
林檎の味だけが。
* *
そんな日の次の朝。
俺は何時もと同じ時間帯に起き、何時もと同じように学校に行く仕度する。ただ何時もと違うのは俺の心にあった。昨日突然現れてキスをした綺麗な女性、何も言わないで姿を消した女性。
彼女は誰なのだろう?
彼女のした行為には何の理由があるのだろう?
彼女は再び俺に会いに来るのだろう?
そんな事を何をするにも思っていた。
そしてふと時間を見れば学校に行く時間になっていた。だから急いで鞄を持ち、玄関で靴を履き替える。それから「行ってきます」と言う。別に家には俺の親や兄妹がいる訳でもない。ただ、何時も言っているから今では自然に出てしまうのだ。
携帯で時間を確かめて、鞄を肩にかつぎ玄関の扉を開けた。
だが、次の瞬間俺の体から歩くという行動がなかった。
それは昨日の彼女が立っていたからだ。
彼女は俺を見るなり、
「おはよう、俊ちゃん」
と、言ってきた。
俊ちゃんと呼ぶのは今まで一人しかいなかった。
俺がまだ小学五年生の頃に引っ越してしまった女の子ただ一人だ。
「……麻衣…ちゃん」
そして俺の肩から鞄が重力に逆らわずに落ちる。
だけど俺は決して気にはしなかった。何故なら目の前に麻衣ちゃんがいたからだ。いや、麻衣ちゃんに気を取られて気づかなかったのかもしれない。
そして麻衣ちゃんは俺の方に歩んできて地面に落ちた鞄を手に取り、軽くはらった。
「はい、鞄落ちたよ」
そう言いながら俺に鞄を差し出す。
「えっ? ああ、ありがとう」
俺はお礼を言いながら鞄を手に取る。
そして突然の再会で何を言っていいか分からなかった。
だから少しの間俺と麻衣ちゃんの間には無言が過ぎた。
「……俊ちゃんは今から学校?」
突然麻衣ちゃんが言う。
「うん……麻衣ちゃんは突然どうしたの?」
「私? 私はこの町にお婆ちゃんが住んでいるから少しの間だけ戻ってきたの」
「そう、なんだ。……立ち話もなんだから家によってく?」
「だけど学校は行かなくてもいいの?」
「学校なんて一日ぐらい行かなくても何も変わらないさ」
ここで学校って理由で麻衣ちゃんと別れるのは少し気が引けたし、なにより麻衣ちゃんともう少し話したかった。
だって麻衣ちゃんとは小さい頃から一緒にいた仲だったから。
だけど正直に言えば何を言えばいいか全く分からない。
時を共に過ごした時間が長く、また別れてから共にしない時間も長ければ自然にそうなってしまう。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
麻衣ちゃんの返事を聞いて、俺は麻衣ちゃんと一緒に家の中に入る。
とりあえず俺は麻衣ちゃんをいったん俺の部屋に招待し、俺は一度キッチンに向かう。
そしてコップの中に冷蔵庫の中にあった林檎ジュースを注ぐ。
その林檎ジュースが入ったコップを二つ手に取り、麻衣ちゃんが待っている俺の部屋に向かった。
麻衣ちゃんは何処から引っ張り出したのか、昔の写真がはってあるアルバムをベッドの上にねっころにながら見ていた。
そして俺が戻ったのに気づいたのか、慌ててアルバムを閉じた。
「部屋をあさって見つけたって事はないよ。ただ……そう、そこの本棚にあったから懐かしく思えて見てたんだよ」
と、少し慌てながら麻衣ちゃんは言った。
「別に見たいなら見てていいんだよ」
「えっ? いいの?」
「ああ、別にかまわないよ」
「なら見ちゃお」
そして麻衣ちゃんは再びアルバムを見始めた。
俺はベッドの近くに置いてある小さめの机の上に林檎ジュースが入ったコップを置く。
「あっ、林檎ジュースだ〜。私って林檎ジュース大好きなんだ。ありがと俊ちゃん」
麻衣ちゃんは机の上に置かれた林檎ジュースを一気に飲み干す。
そして再びアルバムを見始めた。
俺はそんな麻衣ちゃんを懐かしそうに見続けた。
麻衣ちゃんが見せる小さな仕草や、
麻衣ちゃんが見せる笑み、
その全てを俺は昔と今の違いを追うように見続ける。
「あっ、見てみて」
そう言いながら俺の下にやってきて、俺の目の前にアルバムを置いた。
そして続けて、
「この写真覚えてる?」
そこには俺と麻衣ちゃんが別れる最後の写真だった。
引越し会社と思われるトラックによしかかりながら俺と麻衣ちゃん二人だけが立っていた。
俺は少し泣きそうな顔をしているのに対して、麻衣ちゃんは笑顔で俺を慰めていた。
「ああ、覚えているよ」
「あの時の俊ちゃん慰めるの大変だったな〜」
麻衣ちゃんは懐かしそうに目を細めた。
そして続けて、
「それに覚えている? あの時の約束?」
約束……。全く覚えてなかった。
「……」
だから俺は何も言えなかった。
麻衣ちゃんは残念そうに小さくため息をついた。
「覚えてないよね……。だってあの時はまだ小さかったからね」
「ごめんね……。それで約束ってなんだったの?」
麻衣ちゃんは何の前触れも無く、片方ずつ狐か犬か判断できないけど手で形を取った。
そして先がとんがっている合わせる。
そこで俺は察した。
それがキスだと。
「分かってくれた? 昨日のキスは私と俊ちゃんが昔約束したんだよ。だけど私バカみたいだね」
麻衣ちゃんは少し苦く笑った。
そして続けて、
「子供の頃の約束なのにいきなりキスなんてしちゃって。あの時私を見て変な人って思ったでしょ?」
「そんな事は全然思わなかったよ」
「ならどう思ったの?」
「……」
俺は上手く言えなかった。
「やっぱり変な人だと思ったんでしょ?」
麻衣ちゃんは少しいじけた子供のような仕草をした。
「ち、違うよ!ただ……」
「ただ?」
「突然だったし、なにより初めてのキスだったからビックリしちゃって……」
それを聞いた麻衣ちゃんは突然笑い出した。
俺は変な事を言ったのかと思ったけど、よく考えれば何も変な事は言った覚えがない。
「ははは、ファーストキスだったの? それなら良かったよ」
いったい何に対して良かったのか全く分からなかった。
だから俺は自然に首を傾げた。
「ははは、笑っちゃってごめんね。だけど俊ちゃんがファーストキスで良かったよ。だって付き合っている人がいたら悪い事したなって思うし、あんな大胆な事したけど、一応私だってファーストキスだったんだよ。だから嬉しくって」
麻衣ちゃんが突然そんな事を言ったから昨日のキスを意識して少し恥ずかしかった。
「……そう、だったんだ」
恥ずかしかったから麻衣ちゃんから視線を逸らした。
このまま見つめれば俺が俺じゃなくなりそうだったからかもしれない。
「うん、そうだったんだよ。それにしても俊ちゃんはかっこよくなったね〜。最初見た時ビックリしたよ」
そう言いながら麻衣ちゃんは小さく笑った。
「そ、そんな事ないよ……麻衣ちゃんのだってスッゴイ可愛くって見惚れてしまったよ」
「それってお世辞?」
「本心だよ。嘘偽りなんてないし、今だって麻衣ちゃんをずっと見つめる事も出来ないよ……」
「ふふ、ありがと。きてそんなに時間経ってないけど、そろそろ帰るね」
そう言って麻衣ちゃんは立ち上がる。
そしてさっきまで見ていたアルバムを本棚に閉まった。
「えっ? もう帰っちゃうの?」
「うん。もう少しいたいけど、別れる時寂しいから……」
その時の麻衣ちゃんは少し寂しそうで、少し涙目だった。
心の中の今と昔の違いと言えばきっとこれぐらいかもしれない。
今は麻衣ちゃんが悲しみ、昔は俺が悲しんでいた。
「もし私にまた会いたかったら、あの場所で待ってるよ」
麻衣ちゃんはそう言い残して部屋から出てった。
そして俺は麻衣ちゃんを追いかける事はなかった。
それは別に麻衣ちゃんがどうでもいいからではない。
ただ、今の悲しそうな麻衣ちゃんに何を言っていいか分からなかったからだ。
だからこそ俺は麻衣ちゃんを追いかける事はなく、壁によしかかりながら天上をじっと見ていた。
「あの場所……か……」
そして俺は麻衣ちゃんが最後に言い残した事を考えた。
昔一緒に遊んで、
昔一緒に約束をして、
昔一緒に別れを告げたあの場所。
今でも薄っすらと覚えている。だって忘れられない大切な思い出だから。
そんな事を思っていると学校に行こうとは全く思わなかった。ただ、今の気持ちを少しでも長く浸っていたかったから。
* *
かなりの時間を費やしてようやく俺は決心した。
麻衣ちゃんに会いに行こうと。
このまま麻衣ちゃんとまた別れるのは心残りだし、昔のようにまた一緒にいたいと思った。
そして時間を見れば九時になりそうな時間だった。麻衣ちゃんは俺に場所は指定したけど、時間までは指定しなかった。だから俺は急いで準備をして、誰にも何も言わないで家から飛び出す。
あの場所は家からさほど遠くはない。だけど今も麻衣ちゃんが待っているかもしれないと思うと速く行きたいと思った。だから俺は一生懸命自転車のペダルをこぐ。
足が疲れようが、息が切れようが、全く気にする事なくペダルをこぐ。
ただ、速く麻衣ちゃんに会いたい。それだけを思っていた。
あの場所につく頃には俺は疲れ果て、自転車から降りれば少し足が震えているのが気づいた。
だけど俺はあの場所に向かって歩き出す。
少し丘になった場所の上に一本の木が植えてある。それがあの場所だ。
辺りは暗いが、近づけば近づくほど木によしかかる一人の人影がはっきりと見えてきた。だから俺は麻衣ちゃんだと信じて、最初はゆっくりだったけど今では走りながら木に向かっている。
「俊ちゃん!?」
案の定麻衣ちゃんが木によしかかりながら立っていた。
麻衣ちゃんは俺がくると思わなかったのか驚いている。
そして俺は無意識に麻衣ちゃんに抱きつく。
息が荒いのも気にしないで、
少し汗で頬が濡れているのも気にしないで、
極度の運動で足が悲鳴をあげているのも気にしないで、
ただ、俺は麻衣ちゃんに抱きついた。
麻衣ちゃんは最初は驚いていたものの、今では優しく俺を抱きとめてくれた。
「ねぇ、俊ちゃん知っている?」
麻衣ちゃんの優しい声が俺の真横から聞こえた。
そして続けて、
「本当は俊ちゃんから離れたくなかったんだよ。何時までもずっとずっと俊ちゃんと一緒にいたかった……だって私は俊ちゃんが大好きだったから」
「……俺もだよ……俺も麻衣ちゃんが大好きだったよ。だから麻衣ちゃんとまた会えて嬉しかったし、また一緒にいたいと思った」
そう言って俺は月光の下で麻衣ちゃんにキスをした。
今回は麻衣ちゃんからじゃなくて、俺から。
前回は誰だか分からなかった人じゃなくて、麻衣ちゃんに。
他の明かりよりも月の光だけが俺達を優しく照らしてくれるようにも思えた。
そして昔は俺が泣いていたけど、今回は麻衣ちゃんが泣いていた。
それが嬉しさによるものかは分からない。
それが悲しさによるものかは分からない。
それが何の意味によるものかは分からない。
だけど俺は自然に気にはならなかった。
だって、大好きな麻衣ちゃんが再び俺の目の前にいるから。
そして何よりも麻衣ちゃんが姿を消さないで俺と一緒にいるから。
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後書きは「小説日記」にて